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Sapporo Conference for Palliative and Supportive Care in Cancer 2014 がん緩和ケアに関する国際会議 2014.7.10 fri - 11 sat 主催/医療法人 東札幌病院

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新年を迎えて、理事長からのメッセージ「尊厳」概念は近未来のエピステーメとなり得るか?

本年2023年4月に開催されるThe 3rd & 4th Joint Sapporo Conference for Palliative and Supportive Care in Cancerの3日目の最後に“安楽死”に関するシンポジウムが企画されている。その座長に“Dignity therapy”で著名なカナダのDr. Chochinovが、そして演者の一人に、やはりカナダの精神医学界の重鎮Dr. Gaindが “Missing Goldilocks and Killing Kant: The price of Canada’s headlong assisted death expansion”のタイトルで講演する。カナダは2016年、積極的安楽死を合法化し、2021年には精神疾患の場合も対象に容認している。さらに他一人のカナダの医師の講演が企画されている。彼らの「人間の尊厳」に関する苦衷が偲ばれる。

今まさに、「尊厳」の概念に21世紀のフ−コ−の言うエピステーメ(一時代の文化全体の基底にある認識の系あるいは根底的な「知」)になり得るかの議論が生起している。
「尊厳」の観念はプラトンの“ソクラテスの弁明”における“徳の形成”を持って嚆矢とするが、歴史的に“選ばれし者に対する観念、例えばノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)のような”を経てカントに至り、初めて人間に付与された道徳的概念における「絶対的価値としての尊厳」が哲学的に基礎づけられた。カントは「人間の尊厳」を“民衆に由来する正義”と表し、人格の成立に関与する、誰しもが等しく尊重される平等主義的で普遍主義的な概念として確立した。また、カントによれば法と道徳の関係では、「人間の尊厳」概念は基本的人権の内実を供給する道徳的源泉としての機能を有しているという。
現代哲学では欧米圏を中心に、「尊厳」のカント的解釈を巡ってショーペンハウアー、ニーチェ、ハーバーマス、ホッブス、ダーウォルなどが登場し長い間論争が続いている。しかし欧米圏以外では「尊厳」の概念史研究はほぼ皆無に等しい。そして一方では、世界の歴史の変転により、20~21世紀には「尊厳」観念は法的概念として普遍化されていく。それは1945年国連憲章、1947年日本国憲章、1948年世界人権宣言、1949年ドイツ連邦共和国基本法、1999年スイス憲法、1999年国連Global Compact、2004年EU憲法、2015年SDGs (MDGs)などに謳われ、法的根拠としての現実となった。さらに現在はCovid-19 pandemic、ロシア・ウクライナ戦争において、世界は「人間の尊厳」が激しく毀損されている事に涙している。これら、グローバル化しこれまでの中心的な統合理念、例えばロールズの“公正としての正義”などが瓦解した今、「尊厳」概念にその歴史が示すように世界の統合理念としての重要性が秘められている事に論を待たない。
翻って緩和ケア、ひいては他の医療の上でも「尊厳」概念が基本的な価値観として議論されている。その際にはその構造の脱構築が必要と思われる。例えば「生命の尊厳」という言葉は日本の発祥であるが、日本を含む東アジアでは比較的自然に受け入れられる傾向にあり、「人間の尊厳」、「人間性の尊厳」などとの文化人類学的差異も議論されなければならない。またスイス憲法には「被造物の尊厳」が導入され、人間のみならず動物や植物にまで拡大している。
私達のこれまで志向してきた“やさしさの医療”の文脈から、「尊厳」は自己と他者を乖離させ得ない自己自身に内在する道徳的規範、すなわち“基本的人権”を担保する意志の「自律」に他ならない。「自律」は“自己実現”の前提であり、well-beingの道標でもある。カントの「自律」も“自己自身に対する義務は、直ちに他者に対する義務を要請する”としている。
「自律」を“自己決定権”と短絡すれば、フーコーの言う「生権力」が現実となる。Covid-19 pandemicに見られたトリアージ、UICC/ World cancer congress 2022でオーストラリアの医師が法に従い安楽死を実施という報告、さらにはロシアのウクライナへの侵攻意図にも演驛される。(人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、かつ、保護する事は、すべての国家権力の義務である。——ドイツ連邦共和国基本法1949年)

現在の世界の混沌を鑑みれば、近未来に如何なるエピステーメが用意されるかを誰しもが自問している。そして「尊厳」概念がその最も重要な候補の一つである事を予感している。その場合、「尊厳」概念は、この半世紀health care領域でのエピステーメでもあった「Quality of Life」概念を超える事になるであろう。

参考文献
エマニュエル・カント著
『道徳形而上学原論』 篠田英雄訳 岩波文庫、1976
『純粋理性批判』 熊野純彦訳 作品社、2012
『実践理性批判』 熊野純彦訳 作品社、2013

オトフリート・ヘッフェ著
『自由の哲学:カントの実践理性批判』 品川哲彦他訳 法政大学出版局、2020

『思想』 No.1114, 2017,2;「尊厳」概念のアクチュアリティ
『思想』 No.1135, 2018,11;カントという衝撃



石谷邦彦
The International Research Society of the SCPSC理事長
医療法人東札幌病院 理事長
Asian Editor, BMJ Supportive & Palliative Care
2023年1月6日


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